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2020年1月26日日曜日

イース8(YsⅧ)の今更なプレイ日記(その58)





さてさて、
前回はふたりの語らいをお送りしました。
ラクシャちゃんの旅の事情がわかって
よかったですねー。

「そうだといいのですが…
何せ各地を転々としているようですから」

という彼女の、
お父様に関するセリフに
何らかの伏線を期待しつつ、
今回もおつきあいお願いいたしますね。

さてさて、前回は

「そ、それとですね。
わたくし、あなたに謝らないといけないことが…」

と、
慣れない環境とストレスのため
お父さんの面影を彷彿とする、
というアドルくんに
ついつい八つ当たりをしてしまった。
と、頭を下げたラクシャちゃんを
なんくるないさー…というか、



そういうことだったのか」と
納得?寛恕?快諾?(日本語が浮かばない…(^ω^;))
したところから始まりますよ。

何せ、キッシュまで差し入れてくれたわけですし。

ラクシャ「え、ええ、初めて会った時は、
わたくしも余裕がなくて…
今ではわたくしの八つ当たりだったと反省しています」

ラクシャ
「さ、さて…わたくしは
そろそろ休息所に戻ります
このような状況で話を聞いていただいて
ありがとうございました」



ラクシャ
「その……おやすみなさい、アドル。」

親密度がUPしました!


そしてキッシュの料理方法を覚えました!(台無し)


さて、これでゆっくり眠れ…なかったらしい。






女性の声「アドル…アドル…」
「起きてください、アドル」

と、フィーナちゃんの声を期待した筆者は
往年のイース好き(こっそり主張)

サハド
「お?起きたみたいだな。」

ラクシャ
「休んでいるところをごめんなさい。」

全くですよ。
無表情にもなろうというものですよ。
(画像参照)

ラクシャ「その、ドギがあなたを
呼べというものですから……」



アドル「ドギが?
(そっちから来いよ、親友(#^ω^)

と、思ったかどうかは定かではありませんが

ラクシャちゃんの「ええ、集会所で待っています」
「どうやらカーラン卿が村から姿を消したらしいのです。」
「とにかく集会所へ集まりましょう」

と、言われたからにはいかないわけには行きません。

で、集会所でのあいさつ。



ドギ「よう、アドルか。お疲れさん。」

お疲れさんじゃねーよ。

と、思ったかどうかは…(以下略

なんでも、カーラン卿が村の外へ
出て行ったのをエアランさんが見たそうな。
出て行ってからそう時間は経っていないようだが、
みんなで手分けして村の周りを探しているところ。
らしいですよ。
で、とにかく人手がいるとのことです。






サハド「ふむ、村の外へ出て行ったってことはねえのか?」

バルバロス船長
「あり得るかもしれませんが、
闇雲に探し回るのも危険です。
まずは村に手がかりが残っていないか
入念に調べてほしいのです。」

ドギ「充分に注意しながら協力してくれ。」


というわけで、村中の探索開始。

基本的に村の外には出られません。

ということで、まずは浜辺を探索~♪




サハド「アドル、ここの光景……
何かが違う気がするんだが。」

何やら、哀愁漂う海の漢!という
一枚になりました(同意求ム



「一体何が違うんだろうな?」

と、いうわけで
思いつかなかったので
とりあえず釣りをしてみました。

フフフ…釣りバカまであと少しだな(意味不明)





ほら、ボレが釣れたぞ。




と、ドヤ顔のわりに
フツーな釣り結果でしたが
キリが良いので今回はこの辺で。

イース8(YsⅧ)の今更なプレイ日記(その57)

さてさて、お久しぶりです。
続けますよー。

…現在2章目、まだまだ先は長いですよ♪

ラクシャ嬢はお気楽お嬢様とは違うのだ!
…というお話。

彼女の身の上話が始まります。


さてさて、夜になりました。
今回はアドルくんとラクシャちゃんの
夜デート…訂正、語らいをお送りいたします。




<<瞑想中>>

昨今流行りのマインドフルネスってヤツですね。

というか、
単独行動は控えさせても
見張りを<単独で>やらせるってのは良いのか船長?
Σ(・□・;)

と、「な、何て登りにくいのでしょう…」と
縄梯子をつたって見張り台の上に
ラクシャちゃんがこらまた【独りで】やってきましたよ。

相変わらずイース世界の女性陣は皆さんお強い。




アドル
なぜここに?
危ないじゃないか

で、「なぜここに?」をとりあえず選択。


ラクシャ「きょ、今日は色々ありましたし……
わたくしは無神経なサハドのように簡単に寝付けません。
その……他にすることも思いつかなかったものですから…
こ、これを…」


ってことで、キッシュを持ってきてくれたようです。

……そら、梯子も登りにくいわ。Σ(´∀`;)

アドル
作ってくれたのかい?
わざわざこのために?

ちなみに、後者を選択しましたよ。

ラクシャ「そ、そうです…
感謝なさってください。」
「初めて作ったものですから、
味の保証はいたしませんが……」

アドル
美味しそうじゃないか
お腹が減っていたんだ

今回は、前者を選択しましたよ。

ラクシャ「そうでしょうか……
もう少し上手に作れると思ったのですが」

いやはや。どこまでも奥ゆかしい娘さんです。
見習えよ、お前ら!(←誰だよ)



とりとめのない話をしているところで

アドルくんの選択肢
「なぜ古代種のことを黙っていたんだ?」
「話したいことが他にあるんじゃないか?」

…えとその…

「話したいことが他に~」と、水を向けてみました。

ラクシャ
「コホン…さすがにお見通しでしたか
その…少し長くなりますが、聞いていただけますでしょうか」




ラクシャ
「……わたくしは父から古代種のことを
たくさん学びました
父は貴族であるとともに考古学…
特に古代種の研究を専門とする学者でした。
わたくしは幼少の時分から研究室に出入りし、
よく発掘調査にも同行したものです。
わたくしは父が大好きで
そして誰よりも尊敬していたのです。
父は古代種の研究や調査に傾倒するあまり、
屋敷に戻らなくなりました。」

ラクシャ「
父が領地経営をないがしろにしたことで、
やがて領民たちは暴動を起こしました。
兄が当主代行となることで、
何とか暴動は治めたのですが……
一度揺らいだ領民たちの信頼を取り戻すのは容易ではありません。
その後、他家の計略もあり兄は失脚…
母は心労から部屋にこもるようになりました。
そして今から三か月ほど前――
ついにロズウェル家に爵位と領地を返上するよう命が下りました。
このままではロズウェル家は……」





ラクシャ
「わたくしはそのような父で授かった知識を…
自分自身の全てを疎ましく思うようになっていきました。
そして居場所を失ったわたくしは……
……屋敷から逃げ出したのです」
「…先ほどは戸惑いました。
わたくしの知識が役立つことなんて……
状況を考えれば不謹慎ですが、
その…居場所を見つけた気がして……」


アドル
「今はそれでいいと思う」
「胸を張っていいと思う」

どうみてもアドルくんが
座禅を組んでいるとしか見えないのですが。
というか、
座禅を組みながら応えてるのか??
…と、考えつつ後者を選択。

ラクシャ「ありがとうございます…」
「でも……わたくしは
それに甘えるわけには行きません
父を……あの人を一番
理解できるのはわたくしだと思います
だから、ここを脱出したら、
わたくしは父を探すつもりです。
わたくしの…
本当の居場所を取り戻すためにも」


<<アドルはゆっくりと眼をあけた>>(嘘)




アドル
「応援しているよ」
「必ず見つかるよ」

後者を選択…と
なんとなーく、続けております。

……えーっと、つまり???
ラクシャちゃんは、
ピンチになっている、
ロズウェル家を再興するために、
(お兄さんに較べてカリスマ性や領地運営や
 政治・経済的手腕やらがある?(←失言)
お父さんの行方を捜しに行こうとして奇禍に遭った。
という解釈でOK…デスカ???

ラクシャ
「そうだといいのですが…
何せ各地を転々としているようですから
「そ、それとですね。
わたくし、あなたに謝らないといけないことが…
父は貴族でありながら
自由闊達な気風の人間でした。
その…どことなく冒険家である
あなたに面影を見ていたと言いますか……
何となく顔つきも似ているせいか、
その……これまで強く当たってしまって…
ご、ごめんなさい!」

お兄ちゃんみたいなひと、
ではなく、
お父さんみたいなひと
認定だったようです。
アドル・クリスティン(20代)
 

2020年1月12日日曜日

「徒然草」が令和時代でも役立ちすぎてヤバい。と、思った話。

今更ではありますが、
徒然草、っていう有名な日本古典文学にはありましてね。
ちょっと、とあるテレビ番組で
「江戸時代には嫁入り道具にもなった」と
紹介されてたこともあって
久々に図書館で借りて読んでみたんですよ。
(NHKの「ねこねこ日本史」って知ってる?)

ということで、
個人的に印象のある話の紹介。(あと、読書感想文的な内容)です。
御興味のある方、お付き合いのほどを~。



拝読した本は
「新版 徒然草(現代語訳付き)」
角川文庫で訳註は小川剛生氏です。 

「72段」の
 色々と、物がゴチャゴチャしているのは下品な感じがする。
 但し、文車の書籍とゴミ捨て場のゴミは除く。

「73段」の
  世間に語り伝えられている話の多くは、
 事実ばかりでは面白みが欠けているせいか、
 多くはみな創り話である。
  立派なひとは、怪しい事は口にしないものである。

といった、現代日本でも通じるような人生訓が
ゴロゴロ(失言)しております。

 中でも、個人的に印象深い記事が

「211段」の「物事をアテにするな」と、
「231段」の
「何かをしてあげる時に恩着せがましく言うのは野暮だ」という話です。

ちなみに、
「211段」をもう少し詳しく言いますと、

「よろづのことは頼むべからず。
深くモノを頼むゆゑに、恨み怒ることあり。」
つまり、
物事をアテにしてはいけない、ということなのですが。

・権勢をアテにするな
・資産をアテにするな
・才能をアテにするな
というところから、
「寵愛されていても~」「家来(現代だと部下?手下?)がいても」
「約束を~」と例が続くわけですよ。

で、結論としては
「頼らなければ、物事が上手くいったら、もーけもん。
上手くいかなくっても誰も恨まない。
前後左右に余裕があれば物に遮られないし、行き詰まることもない。
ゆったり、寛容だったら心身が傷つくことない」

だ、そうです。

「231段」では「大方、ふるまひて興あるよりも、
興なくてやすらかなるが、まさりたることなり。」
という文が有りまして。
手が込んでいて面白いのより、面白くは無くても質朴な方が
まさっているものである。
物をあげる時も、わざと惜しむふりをするのは嫌味だ。
と言った主旨があるわけです。

恩着せがましく言われるのは、たしかに鬱陶しい。

他にも、
人付き合いでのノウハウや、
コミュニケーションに役立ちそうなこと、
「シンプルで豊かな生活」のすすめもありますよ。
(↑第81段も面白いものです。)

それから「35段」
 悪筆でも手紙を書きまくるのは良い事だ。という記述には
 悪筆な筆者は、勇気づけられた御言葉でごじゃります。

調子に乗ってきたので、もーちょい続けますです。(ドヤ顔)

さてさて、
作者の兼好法師ですが、
法師だけあって…かどうかは知りませんが、
仏心のススメのようなものや、心穏やかに過ごしたい、とか
欲におぼれてはいけない、ということも書いてます。

一方、
第3段では「色恋に関心がない男はつまらない」と
バッサリ言っている、という
意外に世俗的?なことも書いてます。
かといえば、
「嫁さんはもつものではない」よ
第190段でいっていて、
「いかなる女なりとも、明け暮れ添ひ見んことには、
いと心づきなく、憎かりなん。」
と、何があったの!?と思う記事があったりします。
(…時々彼女?恋人?に会いに行ったり、お泊りするのは良いらしい)

43段では、どことなく上品な家の中で若いイケ面が、
書物を広げて読んでいたのに目を惹かれた。という
日常のふとした話とか。


192段
「神・仏にも、人のまうでぬ日、夜参りたる、よし」
という記述には、
人のいない夜の神社って怖くね?(;゚Д゚)
 と、色々考えながら拝読いたしましたわ。

全体を通して
・物はたくさんもちすぎると見苦しいとか
・時間を大切にしなさい
・「死」というものを意識しながら人生を送りなさい
といった、教えのようなものも勉強になりました。

たしかに
・「家の作りやうは夏をむねとすべし。」(55段)
とか、
・「千本の釈迦念仏は文永の頃に」(228段)
とか
・「花の盛りは冬至より百五十日とも、時正の後、七日とも言へど」(161段)
などという、
どうみてもメモ書き?と思うような記述もあって、読んでいて飽きません。
 
「古典文学」を勉強する必要がなくなった世代の方、
新しい気持ちで「古典」に触れてみると、純水な作品として楽しめるし
新しい発見もあって楽しいと思いますよ。

何より、選択肢やら古典文法を意識しなくてOK、ってのが良い♪



以下、蛇足です。

筆者個人としては、
中世日本では現代に較べて何倍も
怪異・妖異譚が信じられていると思っておりました。
でも、
「当時でも迷信は、やっぱり迷信?」と、思った記述がいくつか。

例えば、
第206段の
「怪しみを見て怪しまざる時は、
 怪しみかへりて破る」と言へり。 
 とか、
第207段の
「『王土にをらん虫、皇居を建てられんに何の祟りをかなすべき。
 鬼神はよこしまなし。咎ぶべからず」
 ~(中略)~
 さらに祟りなかりけり。」
なんて記述もありまして。

(↑内容については後述で)

徒然草は南北朝時代の作品だそうですから、
てっきり、平安時代みたいに
魑魅魍魎・跳梁跋扈がスタンダードな時代かと思いきや
結構滅法、現実的なモノなのだな、と。

いやはや、
改めて時代認識を改めてしまった筆者なのでした。
(まぁ、平安時代以前の人も現実主義的だった筈。とは思いますが…)


メモ:)

第206段は
 牛車の牛が建物の中に入りこんでしまった話。
 重大なか変異だ、牛を陰陽師に送り届けろと騒ぎになったが、
 当時の太政大臣実基公が「牛に分別はない(中略)」と言って
 そのまま牛を持ち主に帰し、牛が横たわっていた畳を取り換えた。
 結果的に、少しも不吉なことはなかった。という話。
「奇怪なことを見ても奇怪だと思わなければ奇怪なことは消えてしまう」という結び。

第207段は
 亀山殿を建てようと、敷地の地ならしをしたところ、
 大きな蛇が無数に固まっている塚があった。
「この土地の神だ」と報告をしたら、「どうしたらよいか」と尋ねられたので
「古くからこの土地に住んでいたものならば、無闇に捨てることができません」
 と、人々が申し上げたところ、
 実基公が「我が君が治められる国土に棲む虫が、我が君のお住まいを建てるのに
 どんな祟りをするものか。鬼神は邪道なことはしない。
 だから咎め立ててすることはない(中略)」と、
 塚を壊して中の蛇を大堰川に流してしまった。でも、何もなかった。という話。

 …何も蛇さん川に捨てなくても…(´・ω・`)
 と、思った読者がここに1名、居たとか居なかったとか……


最近も自己啓発書や実用書でも推薦されたり、
紹介されたりしてますが、
先人の知恵本としても本当に勉強になりました。

…次はこれが身に着くようになれば…… 

……ちょっと黄昏てきまふ……