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2016年5月5日木曜日

「頭を使って仕事」してますか?論理的思考はデキる大人の条件

最近、勝間和代さんの「ずるい仕事術」という本と、
船井幸雄さん+羽生義治さんの「人間力」という本を読みました。
久々に自己啓発?実用書?を読んだので、
私見をダラダラと交えつつ、書きたいと思います。

・「頭を使って仕事をする」ということ
・「論理的思考力」と「仮定」と「嘘をかかない」と

・「運も実力のうち」ということ
・「人間力」ということ

・「超意識」ってなんじゃらほい?

という題材で書いていきたいと思います。





「頭を使って仕事をする」ということ

勝間和代さんの「ズルい仕事術」は主に
「仮定の大切さ」
「論理思考」
を一番のポイントとして挙げているようです。

私事ですが、自分は学生時「記憶力」が良い時代がありました。

まぁ、人間は子供~20歳ごろまで記憶力がピーク。という例に漏れず、
そういうことも手伝ってか、
国語や歴史などのストーリー性のある暗記系の勉強の方が、
理数系よりも成績はよかったです。
(のワリに何故か英語は頭から入らず。でした。
 いや、本当に外国語全般ダメでして…国際化社会渡っていけるのか??
その分、応用力が無いといいますか。
こういう「頭を使って~」仕事をする、考えてからものをいうとか、
そういう訓練がどうにも苦手です。

ですが、こういう思考法ってたしかに大切なんですよね。
いはゆる世間一般にいう日常生活上での「頭が良い・悪い」は
こういうことにあるのではないかとも思えます。

要領の良し悪しもあるのでしょうが、
よく「1をきいて10を知る」ことができるタイプってのは
こういうことなのかな?とちょっと考えてしまいました。

つまり、(この本に限りませんが)
目に見えるデータなどから「仮説」を立てる。
その際、「仮説を立てる」上で、(無意識・意識は別として)
論理的思考を基にすることを訓練していくことが仕事術として必要だそうです。

例)「あの店は美味しいか不味いのか」
 客の入り具合、店構え、メニュー、価格や立地条件などなど。
 

「論理的思考力」と「仮定」と「嘘をかかない」と

自分の中で「仮定」を立てて仕事などをしていくこと、
仮定~想像して、自分のやるべきことを見つけていくこと、
それが「脱マニュアル人間」、「有能なひと」という事に
繋がっていくらしい。ということは理解できました。

いきなりは難しくても少しずつ「仮定」を考えて行動する、
というのはできるかもしれません。
例えば、冷蔵庫の中にある残り物でちょっとした定食メニューを作るとか。
作ったことのない料理を、うろ覚えのレシピで挑戦してみるとか?(え、ちがう??)

とはいえこの「論理的思考力」
「演繹法」という立て方と同様、
自分の中で類推して結果を仮定する思考力のこと、
だということはわかります。

ちょっと考えてみると、研究者でも学習者でも会社員でも
この「仮定」って普通にやっていることなんですよね。

ついでに言えば「A=BでありA=Cである。だからB=Cである」という
数学のアレも一種の論理的思考ではあります。

余談になりますが、

ただ、実生活においては「B=C」である。と無責任に書けないことが
多いこともあり、それがちょっと怖いところだなと思います。

嘘を書かないというか、裏付けもなく「ただの仮定」を書いて発表することは、
信憑性がなくなる時もある、という気がします。(前もって断っているならともかく)
ただの仮定を「本当です」と言い切るのが危険、というのは言うまでも無いですが。

例えば、化粧品とか。

極端な例を言いますと、
「AさんはBという化粧品を使って「若返りメイク」に成功した。
 AさんとCさんは同級生(同じ年齢)である。
 だからCさんがBという化粧品を使ったら、見た目年齢もマイナス5歳に!」
とか。

「んなワケないだろ!」と言いますよね、普通なら。
「AさんとCさんが双子」だったとしても、ひょっとしたら「同一人物」だったとしても、
「…そう上手くいくかな~?」と思いますよね。
多分、「B」という化粧品に含まれている成分、
例えば「パール効果」とか「潤いが続く」とか「毛穴ケア成分」とかを
ずらずらと説明し、「Aさん」と「Cさん」が同じような生活環境とか肌タイプだとか、
そういった「裏付け情報」を記載したら、
「AさんとCさんが、この下地とポイントメイクで激的効果が!!」
というコピーでも「成程」と思ってもらえるのかもしれません。

「運も実力のうち」ということ

「ズルい仕事術」には他にも、人間には5つのタイプがあるとか、
自分(の感覚)を過信しないなども書かれていましたが、
それは忘れていない+機会が有ればいずれ。ということにします。

ここからは「人間力」という
船井幸雄さんと羽生義治さんの本です。
共著になるのか?ふたりの対談と申しますかそんな本です。

読んでいくと、NHKの「プロフェッショナル」を視ている気分になりました。
そういえば井山裕太さんが囲碁で6つのタイトルを取ったとかこの前…
あ、それは関係ないですね。

羽生義治さんによると「実力のあるひとはツキをあてにしない」だそうです。
たとえツキが悪くても実力で補えるのがプロということ、だそうです。

羽生さんは勝負が無い時も色々な将棋対戦を研究しているそうです。
「勝敗は気合、自信、分が悪くても投げ出さない根性などの意志力」だそうです。
実力のあるひと、仕事のできる人ほど、
こういった余暇の勉強を欠かさないということなのでしょう。
「自分磨き(笑)」なんて他人のことを言っている場合ではありません。

船井さんの成功法則は、泥臭さだそうです。「法則」というスマートなものじゃなく、
即断即決、手を抜かない。経営者として博打経営はしない。という手堅さだそうです。

他にも、直感は経験で磨かれるということも御他聞にもれず記述されていました。
天才は常人より並はずれた努力をするから天才なのだとも言及しています。

また、勝間さん同様「自分で考えること」の大切さを挙げておられました。

王道、せめて抜け道を探したくなる私としては、読めば読むほど耳が痛いです。


「人間力」ということ

羽生さんも船井さんも実力とならんで、
「人間力があることが大切だ。」という趣旨を述べておられました。
「成功者・実力者の定義」ということなのでしょうか。

まずは「約束を守る」ということです。
約束が守れないなら前もって連絡をすること。
穴埋めなどのフォローも忘れないこと。
決してドタキャンはしないことです。

よく、「嫌なひとに合わせることはない」とか「自分の意志を大切に」と
いう話を聞きますが、
だからといって「自分の意志を大切に」した挙句、ドタキャンなんてのが
一番最悪だと思います。
約束相手だけじゃなく、ヘタしたらその周りのひとの信用も失ってしまう
わけですものね。
病気や事故、冠婚葬祭などのやむにやまれない理由なら仕方ないでしょうけど、
(それでも連絡は必要ですが。)
「縁を切りたいひと」なら最初から約束を断れば良いわけですし。

次に「過去は忘れること」
過去のことに引きずられるのが意味が無いとのことです。

「超意識」ってなんじゃらほい?

ここからはちょっと変わりますが。

船井さんによると、
病気療養中に少年が訪ねてきて、超自然なことを語った(?)など、
不思議なことがいろいろ起きたそうです。

超意識というのは、顕在・潜在意識とはちがう、
「宇宙や地球上の生命体とつながった意識」というものだそうです。

自意識などの雑念が取り払われることで、
直感力などがそこからくる。とか、冴えわたるのだそうです。

雲黒斎さんの「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」という本で
「この世は神様(超意識体??)のつくったVRゲーム世界」という喩えが
あるのですが、あれに近いのでしょうか??
(前刊の「あの世に聞いた~」と続刊の「もっとあの世に~」で
 このあたりの、喩えが多少ちがっていますが)

ちょっと思ったのですが、
船井幸雄さんといい、斎藤一人さんといい、
成功者って宗教の方向にいくのでしょうか?
それとも年齢的なものだから??
(斎藤一人さんのCD聞いてて思ったのですが、
 「仏教ベース+キリスト教の説教」みたいなこと言ってません?)

「直感力=経験力(あるいは論理的思考力)」と考えると、
超自然的なものとはちがう気もしますが、この場合、
「直感」は神がかり的なものなのか、科学的なものなのか、
はたしてどちらなのでしょうか??
霊感がほぼ無い、一介の筆者にはとてもとても測り知れません…。


と、書いた後での私見。

「物事の真価を見失わない」とか、
「役に立たないことはしない」と
宮本武蔵の「五輪書」にもあるそうです。
が、
物事の価値判断や、役に立つ・立たないというのは
難しいように思えます。
自分で判断できればよいのですが、
経験則というには限度がありませんか?

かといって他人に聞けば良いのかというと、
「根本的なところは自分で考えろ」という話になります。

けど、こうやって文章を書いていて思ったのですが、
この「文章を書く(アウトプットする)」というのは、
この「自分で物を考える」とか、
「役に立たない(と思う)情報はここに書かない」などの
取捨選択のトレーニングになるのかも?しれません。

と言いつつ、何度描き直しても読みにくい文章な気が…
ここまでお付き合いくださってる方、申し訳ありません!



最後に

余談その1

宇宙から愛される、かどうかは分かりませんが、
自己啓発系を読んでいると、成功者の条件として、

明るいとか、社交的とか、素直とかそういうことが
宇宙に味方してもらえるひとのタイプ…だそうです…。

「仕事は人間が運んでくる」という説もあるそうなので、
社交的とか、明るいというのは有効なんでしょうね。

でも、いつも思うのですが、ああいった条件って
誰もが憧れるし誰もがなりたいと思う一方
誰もが憧れる≒簡単になれるものじゃない、
という気もしますが。どうなんでしょうか。

で、お約束(!?)ですが
「マイナス思考のひととは付き合わない」
という記述もありましたっけ。

成功者のひとたちというのは、
「マイナス思考」とか「(自称)運が悪い人」を
積極的に避けまくるようです。
受け入れるフリをしたとしても、仲良くはしてくれません。

(経営者のひとで「運が悪いひととは付き合わない」と  
断言していた人が遠い知り合いにいるのですがそれは…)

ということで、この先色々なチャレンジをするために、
「プラス思考」に性格修正することは有意義かもしれませんね。
ちなみにプラス思考と、悲観的予測(リスクマネジメント)を混同しないこと。

余談その2ですが、

マイナス思考を脱却してプラス思考者を目指している皆様、
エネルギーバンパイア等にはお気を付け下さいませ…。

奴らは明るいひと・光の溢れる人たちのオーラや元気を吸い込んだり
相手を嫌な気分にさせて喜ぶのがお仕事なんです。
「試練中なんだ!」と思って踏ん張るくらいの気概があれば
乗り越えられるかもしれません。

(勿論、距離を取るのはアリ。
 無理に仲良くしたり、友達付き合いする必要はありません。というか、止めておきなはれ。)

余談その3

それよりも何よりも、このダラダラ癖が
いつまでたっても抜けないんですが、本当にどうしましょう。

こういった「凄いひとたちの話」を聴いても、
「自分も頑張る!」と言った30秒後には
ネサフしている自分がいるのです。(号泣

…何の為の「啓発書」なんだか…。
読むのは好きなんですよ。ええ。読むのは好きなんです。
(意識“だけ”高い系ってヤツなんでしょうかこれは??…Orz)


2016年4月17日日曜日

そもそも「呪縛」「依存」を解く方法って何?簡単に解けるものなの?

ということで、前回は自分語りを
長々と述べさせていただきました。



・とはいえ、「変わるのは簡単ではない」筈

…でも、思うのですが、
人間そうそう簡単に変われるものでしょうか?
とくに、自分が無意識レベルで自分に課していた
タブーを破ると言うのも一種の
パラダイムシフトってヤツですよね。

前回の記事で、「不良になってみたら?」という、
言い得て妙なアドバイスをもらってしまった私ですが、
例えば、「親に内緒で海外旅行一人旅でも…」
という行動すら、まだまだ踏ん切りがつかない。
デモ本当はヤッテミタイ。
という足踏み状態なんですよね。
不安とか、未知への恐怖とか、遠慮とか
色々言い訳はできるんでしょうが。
きっと普通のひとなら
「それもそうだ、明日から計画してみるか」
とアクションを興すのが常だとおもうのですが。

とはいえ、このままじゃダメだなとも
思ってたりしていますし、こうしている瞬間も
「親の顔色」を伺いそうになっているのも
うすうす自覚している+自分にも腹が立っているので、
脱出方法を調べてみます。

とりあえず自分のケースとは関係の有・無を別にして、

1)アダルトチルドレン
2)白雪姫の母症候群
3)いじめの後遺症による対人恐怖とか
4)恋愛に焦っている・彼氏依存とか

という観点を例に挙げてみました。




・アダルトチルドレンという言葉があります

「感情で物事を判断してしまい、客観的な視野が持てない
「物事すべてを、良いか悪いかだけで判断しようとする
「自分の間違いを冷静に受け止められない
「視野が狭い
「自分を必要以上に責める
「自分を肯定できない
「対人関係が苦手

こういったことがアダルトチルドレンの症状のひとつだそうですね。
こういった言動が普段の節々で表われるようなので、
自分でも気を付けているとわかるかもしれませんね。

家族や知人・友人から「もっと広く物事を考えよう」とか
「ちょっと頭を切り替えたら?」と言われることでしょうか。
自分の意見を変えない頑固者という症状もあるようです。

治す方法としては「他人の意見も受け入れる」とか
「他人の意見も尊重する」ということらしいです。

ただ、これって定義では機能不全家族;
親に問題アリということが大前提だから
「家族に愛されて育った、でも視野が狭い」
というひとは別の属性(?)になるようですよ。

※「愛された」という定義にもひとつ条件が有り、
親が自分の都合で子供を
コントロールするつもりで愛するという行動は
機能不全の条件ではありますが。

また、アダルトチルドレン~インナーマザーの症状として、
「環境に応じて、本来の自分とは違う自分を演じ続けている。
「その環境に長年晒され続けることで、本当の自分が分からなくなり、
ある意味演技をしている自分である方が楽になっている。

親の顔色をうかがったり、親を慰めようとして気を使うということも
これに関係あるのかもしれません。
ついでに、親を不快にさせることを極力避けるとか。
あえてピエロの役をかってしまうとか。


何というか、
よく言えば気が遣える子供。
(但:親兄弟はその苦労に気付かない可能性大)
悪くいえば、イイ子ちゃんになりたい子供。
そんな感じもします。

そんなにしんどい家族なら捨てちゃいなよ。
家族がバラバラになったって貴方のせいじゃないし、
貴方ひとりが抜けただけでバラけるならもともと
そうなる運命だったんだよ。
早めに逃げ出さないと、もし親が
依存症になった時には『コントロールしやすい子供』である
貴方は益々甘えられ、縛られるよ。

…なんて、他人ならアドバイスしてあげられるのでしょうね…。

いえいえ、家族を大切にするひとにとっては
共依存だろうとなかなか捨てられないひとも多いのではないでしょうか。
日本人、ムラ社会ならとくにそんな気がします(私見)
でも、依存症などの人から逃げた方がよいならその方が良いのは事実です。


・「母親の呪縛」にとらわれてない?

「真剣な恋になりそうになると身をひいてしまう。
「いつも人の顔色を伺ってしまう。
「つい相手の嫌な部分に目が行ってしまう。
「人に嫌な顔をされると自分のせいだと思ってしまう。

これらの条件に当てはまる人は
母親が「白雪姫の母親症候群」だった。という
笑えない状況があるようです。

子供の時はエレクトラコンプレックスがあり、
年頃~それ以降は白雪姫の母症候群に悩まされる
親子関係とはかくもややこしいものです。

そういえば、父親⇒子供たちへの症候群って聴いたこと
ありませんが、名前は付いてないのでしょうか?
それとも普通すぎてあえて付ける必要がない
ということなのでしょうか?
エディプスコンプレックスはあるのに。
こういったことは母と娘だけしかない、
息子⇔両親はこういったことはない、
父親はそんなことはしない。なんて
馬鹿げた幻想でもあるのでしょうか?

そういった母親をもつひとは

「自分のトラウマを理解する
「自分を愛する事を学ぶ
「自分のために母を許す
「母との間に境界線を引く
「母に新しいパターンを植え付ける
「思考をボジティブ回路にスイッチさせる

という方法があるそうです。
とはいっても、
母親の考えを変えるのは簡単にできないでしょうから
自分に自信を持つ+距離・心理的にできるだけ離れるようにする
方が着手しやすいかもしれません。

・「いじめ後遺症」による対人障害?

幼少期のトラウマが、家族ではなく第三者によるもので、
それが元で対人恐怖症になるということも
あるようです。
それがもとで他人と上手く付き合えないとか
ひとの顔色をうかがってしまうとか、
そういうことはあるかもしれませんね。

しかし世の中、それを嘆いたところで
弱者の味方なんてものは存在しないと
思うくらいでないと世の中渡れないかもしれません。

ついでに、いじめる子の方が大人受けが良いといわれます。
教師・他人に期待するのは無駄というものです。
逆に言えば、いじめられっ子を救い、いじめ問題を解消できる
教師の方がネ申。という世の中かもしれません。

とくに昨今ではモンスターペアレントとか事なかれ主義とかありますし。
教師だって一介のサラリーマンなんですよ。

とはいえ、これは古今東西世界でもおきていること。

子供社会だけでなく大人社会でもあること。
オトナがコドモみたいなことをふつーにやっているわけですよ。
そういうオトナが自分の子供に
「イジメはダメだぞ」と教えているとしたらゲスの極みを通り越して
滑稽でしかありません。が、よそはよそ。

コミュ障だの被害者だのと「シンデレラ症候群」をやる前に
少しでも“武器”を身につけて奴らを見返すくらいに
強くなりましょう!…としか言えません。

とにかくアレだ、まず根暗なひとは根明なフリをしろ。
あと、話題は豊富で楽しい方がモテるぞ。蘊蓄魔にはなるな。
ただし、無理のない範囲デナー。
環境変われば友達をつくるチャンスはたくさんあるさ!

事実、昔「イジめられていた」とカミングアウトしているひとのうち、
会社を興したり素敵な人と結婚して社会的に見て成功者になったとか、
充実した毎日を過ごしているというひともいます。
(実際テレビで活躍しているひとだっているじゃないですか)

その一方でコミュ障と嘆き、自分が引きこもった生活を続けるのは
過去のトラウマのせいだと世の中を恨んでいるひともいます。

確率論を言いたいわけでは有りません。
あえて偉そうに言わせてもらうなら、結局は自分次第ということですよ。

世の中すべての人間が「ああいった人格異常者」ではないんです。
味方になってくれるひともいます。ということに気付こう、とりあえず。

……といったところ、でしょうか…?私見でスミマセン


・「恋愛や誰か」に縛られていない?

片思いや婚活、彼氏に合わせるのに疲れた
でも、捨てられない。とかありますよね。
そんなに重いならやめれば?とか第三者は
思っても、そういう話とはちがうといいますか。

でも、」それで憂鬱になったりイライラが続いたり
わけもなく哀しくなったら充分「鬱病」じゃないですか。

「旅行など、離れたところに身を置いてみる
「仕事にうちこんでみる
「趣味を増やしてみる
「すぐに解決しないことは考えない

とにかく、これも相手にベッタリとか、
余裕がないとか。そういう原因を避けるように
した方がよさそうです。
肩肘をはらないほうが上手くいくというか。

これも、依存症防止と同じ考え方で
行けるのではないでしょうか?

つまり、
自分に自信を持って!
相手を束縛すると重くて嫌がられるゾ☆
という感覚で語れそうです。

そういえば結婚をあきらめた途端に
結婚話が飛び出してくる。ということが
身近で2、3件ありました。
(…対象が自分じゃないことが哀しいところですが)

もちろん、出逢うための活動や
人間関係をつくることは必要ですが。


・と、書くのは簡単。問題は実行。


自分に自信を持つとか、
自分の殻を破るとか
ちょっと変わったことをやってみるとか
言葉や頭ではわかっていても、
実行レベルに落としこむ~実際に行動する
となると難しいものですよね。

とはいえ、○○依存になっていて、
しかもこのままじゃダメだ!と思う時は
今までのパターンを壊すつもりというか
本気で壊す予定で思い切ってやってみる
…ぐらいじゃないと、自分の殻って破れないの
かもしれませんよね。

仕事が安月給でお金がないとか、
あのひとが大切だから傷付けるのは心苦しいとか、
それがすでに言い訳ということなのかもしれません。

実際、安月給だろうと
「あのひととの絆を壊すのも覚悟
(暴力とか危害を加えるという意味ではありません)
という姿勢で臨んで、結果全てを手に入れている
ひともたくさんいるわけですからね。

・こうやって書いているだけでも謎の緊張感

と、書いてみて、実は自分で謎の動悸が
おこっていることに自分で驚いています。
以前も同じようなことを書いたことはあるのですが、
こんなに謎のドキドキ感が起こったことはありませんよ。

やっぱ、先日の友人・知人に指摘してもらっていた
「無意識レベルでの自縛感」に気がついたから
かもしれませんね。

気づきって大切!

…じゃ、ありませんが、本当にそんな感じです。

それと同様にここに至っても
「こんなことして良いのかな?」という子供みたいな
考えが内心で浮かんでいることにも驚いているうえ、
恐怖しております。これが噂のインナーチャイルドだか
インナーマザーだかアダルトチルドレンだかになるのか??

とはいえ、これはやっぱり掘り下げれば下げるほど奥深い感。
もうちょっと調べてみたいと思います。


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